2008年08月28日

米沢牛

明治4年、上杉鷹山公が創設した藩校「興譲館」に招かれていた英国人教師チャールズ・ヘンリー・ダラス氏は、滞在中に米沢牛を食し、そのおいしさに感激。

任期を終え横浜に戻るとき、牛を1頭連れて帰りました。

その牛を仲間にご馳走したところ、その旨さに驚き、たちまち評判になったといいます。

以来、米沢牛は100有余年の歴史を誇るブランド牛として愛されてきました。

肉牛の種類は黒毛和種とし、置賜管内3市5町の畜産農家で12ヶ月以上肥育され、技肉に証明印が押印された外観及び肉質・脂肪が優れているものを米沢牛といいます。

米沢牛は、西の神戸・東の松坂牛と並んで全国的に有名ですが、明治初期の牛は食肉用に育てられたものではありませんでした。

米沢地方では岩手県南部地方から、二~三歳の牛を「上がり牛」と称して、買い、飼育しておりました。

厳しい気候風土の中での長期の肥育と、役畜も家族同様大切に扱うこの地方の人の気質が結びついて、いつしか優れた肉質の牛に仕上がる結果となりました。

この伝統が米沢牛飼育の基盤となって、畜産農家に受け継がれています。

牛といえば牧草を食べるのでは?と思いがちですが、たとえ草でも生きているものなので、食べれば独特の匂いが肉についてしまうそうです。

稲ワラなど乾燥したものは、肉に臭みがつかないとか。


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米沢牛の通販
Posted by 米沢牛の通販 at 2011年10月27日 17:46
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